文tube 「音」
2020.8.27
甘音屋は「音」をテーマにした和菓子店である
商品、店内環境、菓銘など随所に
「音」を取り入れている。
言わば「音」がエッセンスのようなものである。
お買い求めいただいた商品にも必ず栞を添えて
和菓子をお召し上がり頂く時、そっと目を閉じて
耳を澄ましてみてください。「蒸す音」「焼く音」
「練る音」など和菓子が奏でる
「甘い音」の響きを感じて頂けます。
と私たちの想いをお伝えしている。
職人が和菓子を作る工程で放つ音、つまり職人の
息を感じて頂きたいという思いである。
「音」のエッセンスを一部を紹介したい。
夏場、暑い中ご来店下さったお客様に少しでも
「涼」を感じて頂きたいと、店外に風鈴を
取り付けている。風鈴のトンネルを抜けて店内に
向かって頂くその瞬間だけでも暑さを忘れて音色を
楽しんでいただきたいと思っている。
また昨今では店外で並んでお待ち頂くお客様が多く、
暑さとコロナの事も考慮し呼び出し用の端末を
お渡ししてお車でお待ち頂いている。
呼び出し音がエッセンスとしては受け入れにくい
電子音のためバイブレーション機能でお呼び出し
する。
エッセンス以外の音は出来る限り省きたいと
思っている。
暑い中ご来店頂いたお客様は、
まずドアチャイムである明珍火箸の音色を
楽しんでお入り頂く。
夏は涼を感じ、
冬は温かみを感じる不思議な音色である。
スタッフにはその音色でお客様のご来店を知らせ、
和菓子を作る職人まで全員が「いらっしゃいませ」
とご挨拶をする。
「店頭のお客様に声が届かなくても良い。
ご来店に対する感謝の気持ちを込めて仕事に
向かうように」と口を酸っぱくして指導している。
また並んでいる和菓子にも同様に語りかける
「気を引き締めてお客様をお出迎えしてね」と。
ご挨拶は程よい大きさの声。
大きすぎても小さすぎてもチェックが入る。
以前お話した細かい音を拾う私の「癖」である。
店内の音楽は和に拘らずジャズやクラッシックなど
商品や店の雰囲気に合う音楽をかける。
和菓子が音楽のリズムに合わせ
体をゆらしているように見える。
そんな音楽を聴きながら「和菓子選び」を
楽しんで頂きたいと思っているが、
これはDJをかじった事がある私の拘りである。
会社の象徴である屋号にも少し触れたい。
屋号にも「音」という字が入る。
これは「師」から
「五感に触れるようなフレーズのよい
屋号にしてみては?」
とアドバイスを頂いた。
当初読み方は「かんのんや」と決めていたが
「あまねやの方が響きがよい。
あまねくという言葉にも通じ、
広く行き渡る事を意味するから、
あまねやにしなさい」ともアドバイスを頂いて
「あまねや」に決めた。
「あまねや」でよかったと心から思う。
また私情を挟んではいけないが
「音」には「家族の想い」も込められている。
先程も申し上げたが私はDJをかじった。
下の兄はエレクトーンを極めた。
そして父はコーラスを。
「音」を頼りに生きてきた家族だが、
特段一番上の兄と母への想いが強い。
一番上の兄は高校を卒業した直後に視力を失い、
聴覚と触覚を頼りに生きてきた。
私を含めて兄を家族全員で支えて生きてきたが、
誰よりも兄の事を案じ、支えていたのは母である。
アナウンサーであった母は
「音」を巧みに操り生きてきたが
兄の生きるために必要な「音」に頼り、
縋っていた。
その母も私達兄弟三人の結婚を見届け、
孫の顔を見たころから認知症となった。
家族の生活は兄中心から母中心の生活に変わり、
私自身も母の事を考え
人生設計に軌道修正をかけた。
二世帯とはいえ母と同居していた私は
本来母の世話をしなくてはいけない
状況にあったが、幸い元気な父が代わりに
母の世話をしてくれた。おかげで迷いなく
菓子職人の修行に入ることができた。
34歳の時であった。
しかし母の病気の進行は早く、
徘徊することもあった。
ご近所の方に連れて帰って頂くことも多々。
気が付かぬうちに顔にあざを作り、
ケガをして帰ってくることもあった。
本店の更衣室として使っている小部屋は、
そんな徘徊する母がおとなしく座って
テレビでも見ながら寛いて過ごせる部屋として
設計の図面に入れていたスペースである。
当時は母本人も家族も不安を抱える毎日だったが
みんなで助け合って生きてきた。
今ある甘音屋は父、母、兄、家族全員が
居なければ存在していない。
そんな家族の想いを込めて
「音」という字を屋号に入れた。
公に初めてお話することである。
私的な想いを伝える事は本意ではないが
何卒ご寛恕を賜りたい。
さて話は変わるが、以前お話した長男は
いつも肌身離さずイヤフォンを持ち歩き、
音楽を聞く。勉強している時でさえもずっと。
また、階段を下りる時、風呂場に向かう時、
食事に入る時などは鼻歌を漏らし、
家族に癒しと安らぎを広げてくれる。
「音の家族」としてのDNAだろう。
以前も述べたが、
跡を継いでくれるなら菓子は必要無い。
新しい家族と共に「音」を大切に
生きてほしい。